ページトップへ

丸越の歩み

働くことは生きること

丸越の歩み

群馬県前橋市に、株式会社丸越が創業したのは昭和53年(1978)のこと。
廃棄物処理・運搬業者の草分け的存在として、業界の意識向上、職場環境の近代化に努めつつ、地域の皆様を陰で支える縁の下の力持ちになることをめざしてまいりました。

その丸越を引っ張ってきたのが、"トラックに乗る女社長"として知られる堀越かず子。
常に現場の最前線に立ち続けてきた堀越かず子が、これまでの歩みを振り返ります。

  堀越かず子

「働き者」で有名なお母さん

私の人生と言ったら、とにかく一生懸命に働くこと、そのひと言だけなんです。

私の娘で、いまは丸越の介護部門で働いている寿美江(岩崎寿美江・介護サービスセンター所長)が、子供の頃、どこに行っても「あの丸越さんでしょ?お母さんが働き者の」と言われていたそうで、実際私は授業参観にも行かず、夕飯の支度さえも中学生の娘に任せて仕事ばかりしていました。ダメな母親ですね。

それでも娘は文句も言わず、本当によく家の手伝いをしてくれました。弟(堀越正和・丸越専務)が風邪を引くと病院に連れて行ってくれ、授業参観や懇談会にさえ私の代わりに行ってくれたのです。自分だって母親に甘えたいこともあっただろうに、そうしなかったのは、娘の記憶の中に私が横になって眠っているという姿がないという、働くことへの私のあまりのがむしゃらさに、これは何も言ってはいけないと思っていたのかもしれません。

 

人一倍働いてきたことだけは事実です

"弟の正和は私が育てたようなものよ"と、娘は私に威張りますが、おっしゃる通り。私はぐぅの音も出ません(笑)。そうして威張りながら、いまでは娘も私のそばで働いてくれています。お年寄りのお世話をすることに、まっすぐに向かっている姿を見ていると、親バカかもしれませんが本当にやさしい、いい子に育ってくれたなあと思います。弟の正和も、いつの間にか私を助けてくれる頼もしい存在に成長してくれました。

働くことしかしてこなかった私ですが、その代わり、人一倍真剣に働いてきたという自負は持っています。ほんの少しの間、みなさまにおつきあいいただいて、丸越のこれまでの歩みを振り返りたいと思います。

堀越かず子

次のページへ